その11 離人体験について(3)

●どのような症状があったのか(続き)

 

語感的に違和感があるのでタイトルを「離人症体験について」から「離人体験について」に変更した。振り返るに、当時自分の身に何が起こったのかよく分からず、精神科の受診もしなかったため前例があるものかどうかも不明だったが、以前からよく読んでいたユング派の心理学者河合隼雄さんの著作「影の現象学」内の記述から自分の症状はまさにこれであろうというものに出会い、精神医学的には「離人症」と呼ばれる状態であることが判ったのであった(当時すでに統合失調症 -当時の呼称は「精神分裂病」- や離人症に詳しい精神科医木村敏さんの著作も出版されていた様だが、自分は出会わなかった。木村氏の著作にはさらに詳しい離人症状についての記述がある)。

 

ただ後に書くように離人感以外にも体内の気の流れの異常と思える現象が起こったり、形而上的な葛藤体験や体感を伴う不思議な夢を見たりなどの異常体験があることから、ヨガや禅などの修行で起こるクンダリニー症候群」「禅病」により近いものであったと自分では思っている。ただ煩雑なので通常は離人(症)体験と呼ぶことにしているまでである。

 

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離人体験(2)で離人症を発症して間もなくのタイミングで母が引越しを打診してきたと書いたが、ある奇妙なことを思い出したのでここで書いておくことにした。

 

離人症を発症するしばらく前から自分の身に何かよくない出来事が起こりそうだとの不安感や切迫感が続いたことは既に書いた。その時期に、しきりに身辺整理をしたいとの欲求が高まり、自分の持ち物の整理を始めていたのだった。持ち物の多くは書籍とLPレコード、カセットテープやCDなどだったので不用のものは廃棄するか友人に譲渡するなどし残りのものはダンボール箱に詰めてしまい、しばらくの間自分はこの積みあがったダンボール箱の中で寝起きしていたのである。

 

奇妙なことにこのようにして母から引越しを打診される以前にすでに自室は引越しの準備がほとんど終わっていたのだった。打診以前に母が引越しを予期させるような言動をしたことはなく(それ以前に顔を合わせたり会話をすることがほとんどなかった)、自分でもなぜそんな行為を始めたのか全く判らないのであった。今思えばまるで引越しを予期していたか、その後の長い心身の苦難の旅を予感しているかのような行為でもあった。

 

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当時の症状について、次は主に身体的な異常について続ける。先述の外界-内界の隔絶感をはじめとする精神的な不具合と同時に体感の異常があった。

 

○全身の体感に異常感があったが特に額から上の頭部の硬化感(眉間に岩のような塊がある感覚)や後頭部の頚椎との接合部左右二ヶ所(解剖学的な名称が分からない。両目の真後ろにあたる後頭部の少し下あたりの二ヶ所)付近の強い圧迫感。この二つの違和感は発症後常時あり、かなりしつこく続いた(記憶では数年単位)。

 

腰周辺の硬化感。腰周辺の感覚が極度に鈍くなり、まるで筋肉が硬化し感覚が失せたようであった(これもかなり長く続いた)。一方でそれまで身体の柔軟性はそれほどでもなかったのだが、発症後は極端に関節が柔らかくなり前屈時に両手が難なく地面に着いてしまうようになったりもした(柔軟な人であっても前屈時には膝後ろや太股に自然な引きつり感が生じるのが通常だが自分の場合は全くなく、言ってみれば感覚を持たない人形のような柔軟さなのであった。つまりストレッチなどで鍛錬した柔軟さとは異なったものだ。現在は解消している)。

 

身体に関わる違和感については注記が必要かも知れない。当時モダンバレエのレッスンを受けていたことは先述したが、同時に一方で当時山海塾の舞踏手であった方の舞踏WSの影響などもあり、中国の気功法でしばしば行なわれるスワイショウ(腰を中心に上半身を左右に捻り脱力した両腕を軽く振る)や西洋的な身体観のアンチテーゼでもある野口体操(全身を水袋とイメージして揺らしたりする)の動きをしばしば行なっていた。

 

元々は身体を動かすことがさほど好きな性質ではなく、モダンバレエにおける身体観や自分の体の柔軟性への劣等感などもあり、これらの実践は日常生活の中で空き時間を見つけては(今思えば過剰なほど)頻繁に行なっていた。また就寝前にも時間をかけて通常のストレッチを行なうこともあった。

 

振り返るに、元々一つの事柄に意識が集中し過ぎる傾向があったのに加え、当時の職業選択や将来の見通し、自身の適性などへの慢性的な不安感の中、いわば宗教的な行のようにして日々時間をかけて身体操法を行なうことはヨガや禅などのバランスを欠いた実践に近く、まさに「クンダリニー症候群」や「禅病」に似た症状を発症したのではないかと最近では思うようになった(念のため、自分の過剰な集中傾向や我執に問題があったのであって舞踏WSやスワイショウ、野口体操自体に問題があったとは考えていない)。

 

話を戻すと、発症後に現われた不自然な全身の柔軟さは、自分が発症以前に野口体操の実践でイメージしていた身体の柔軟さに近いものがあった(ただし感覚がいわば死んだも同然だったので内実は全く異なる)。発症以前にも直立姿勢から上半身をぶら下げる「体操」(見かけは前屈姿勢に似る)中に耳鳴りのように水や砂の流れるような「ザーッ」という体内の音が聴こえることがしばしばあったが、発症後はその音が更に大きく強く聴こえるようになり、重力に従い頭部へ向かって全身の気が流れる感覚を体感することもしばしばであった。

 

 

○頭頂部の蓋が開き(頭頂部と外界の境界の感覚がなくなり)、勢いよく体内の気が噴出し続けている感覚。

 

これは数日間だけ続いたが異常感は大であった。水のように噴出する気(としか考えられない)の流れはとても激しかった。長くは続かなかったとはいえ断続的・単発的に起こるものではなく、四六時中休みなく(もちろん睡眠感のない「就寝時」にも)連続して続いた症状であった。

 

 

(推敲なし。続く)