その1 2018.09.12

いつかはblogという空間に、自分の主に離人症/クンダリニー症候群/魔境体験(以下「離人症」)について記録しておく機会があるかもしれないと思いながらかなりの時間が経った。今がまさにその時だと言えるのかどうか、よく判らない。

 

気が進まない理由ははっきりしている。離人症状とそれに付随する症状(と呼ぶべきなのか)や観念、イメージ等の体験は比較的珍しいものであるように思えるので記録しておく価値はそれなりにあると思うのだけれども、その時期(に限らないのだが)の生活について描写を試みるのであれば、必然的に当時の対人関係における自分の不甲斐なさ、身勝手さ、未熟さを直視しなければならない。

 

つまり女性との恋愛や性愛についての回想は避けられないのであった(悪い記憶だけではないが)。twitterではこの事についての言及を意図的に避けてきた。そもそもtwitterを始めたきっかけは自身の思考や回想、空想などについて人目を憚らずに呟いてゆくことを目的にしていたのだが、もはやその目的に適わなくなって来たようにも感じている。これは誰が悪いわけでもないのだが、フォロー/フォロワーともに少なかった頃のあの空気感がときに懐かしく思えたりもする。自分はこのblogを書くことによって人様から興味を向けられることを望んではいない。出来れば壁紙の図柄程度のものでありたい。

 

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ここで一度話題を変える。昨日、室内に積んである本の山の中から覚慶悟著「離人症日記 書くことは生きること」(2007年・彩流社)を引っ張り出してきた。この方にはもう一冊よろしく、うつ病―闘病者から「いのちがけ」のメッセージ」(2003年・同社)という著作がある。

 

大学卒業後に公務員として福祉職に就き、うつ病を発症、自殺未遂などを経て退職後にさらに離人症を発症という経歴を持った方のようだ。二冊共にしっかりとした内容の著作だったが、web上で調べてみると最終的には過食嘔吐を伴う摂食障害にも陥り、体重が28kgまで落ち込み救急車で搬送される最中に亡くなったそうだ。おそらく50代であったろうと思う。「離人症日記」の最後に僅かに希望らしきものが見えるだけに、残念である。自分が今ここで曲りなりにも生存していることが不思議な気がする。

 

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現状の話題に戻る。しばらくの間こうしてアパシー状態が続いているわけなのだけれども、予期せぬ瞬間に突然感情が揺り動かされる場合があり、あまりにも唐突で困惑することがある。先日利用者宅で相伴した洋画を鑑賞していた最中にそれが起き、さらに動揺が加わった。    

 

しかしこれも思い返すに、過去には何度か経験しているものなのであった。おそらく、物語や映画に登場する、あるいは現実に存在する女性などをきっかけにしてこちらの(ユングの言う)「原型」が刺激されるようなのだ。

 

自分は女子高生に興味はないのだが、女子高生に憧憬を抱きこじらせる中年男性や、突然男性アイドルや韓流スターに熱中し始める中年女性の心情が分かる気がする。異性原型としてのアニマもしくはアニムスが無自覚のうちに活性化され、熱中状態に陥るのだろうと思う。もしくは隙を突き何者かにとり憑かれたと考えてもよいかも知れない。       

 

自分の場合も、離人症からの回復期(「快復」という言葉は好みでない)において実在しない(と取りあえずは言っておく)女性のイメージにとり憑かれ、それがいわば執着ともなり、一方で生還のための支えともなっていた(まるでポケットに忍ばせた女性の肖像やグラビアの切れ端を心の支えにする兵士や囚人のようだ)。今回の困惑でそんなことも思い出した。

 

ということで次は映画について書く。

 

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やや頭が朦朧としているので文章が拙いかもしれない。とりあえず今回はここで一旦中断。

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 (写真:2018.09.07 新百合ヶ丘にて)